暴走する河野太郎

JBpress

パワハラより重大な問題

池田 信夫 :経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)

河野太郎行革担当相が炎上している。文春オンラインで資源エネルギー庁の幹部を罵倒する音声データが公開され、話題を呼んでいるのだ。これはエネルギー基本計画(エネ基)の素案についてのオンライン会議の録音で、河野氏が「日本語わかる奴、出せよ」などと語気を荒げて、エネ基の修正を迫っている。彼は霞が関では「パワハラ大臣」として知られているので、これ自体は驚くことではないが、その音声データがこの時期に出たことには政治的な意味がある。

問題はパワハラではない

この会議は8月24日に開かれたもので、出席者は内閣府から河野氏を含めて2人、エネ庁から2人の合計4人。河野氏の発言は、文春によるとこんな調子だ。
河野「おめぇ、北朝鮮がミサイルを撃ってきたらどうすんだい。テロリストの攻撃受けたらどうすんだい、今の原発。(再エネだけについて)そんな恣意的な記載を認めるわけねえだろうが! いい加減にしろよ」
エネ基で焦点になった「2030年に再エネ36~38%程度」という記述については
河野「日本語では、36~38以上と言うのが日本語だろ」
エネ庁「いや、積み上げて36~38程度……」
河野「積み上げて36~38になるんだったら、以上は36~38を含むじゃないか! 日本語わかる奴出せよ、じゃあ!」
霞が関では、こういうパワハラは珍しくない。つるし上げは「野党合同ヒアリング」でおなじみだ。それが役所に過剰な国会対応を求め、現場の官僚の負担になって、霞が関が「ブラック職場」になっている。それを批判して働き方改革を推進していた河野氏が、パワハラを日常的にやっているわけだが、本質的な問題はそこではない。

「閣議決定で拒否権を行使する」という脅し

エネ基は9月末に閣議決定される予定だが、経産省の所管なので、内閣府の規制改革担当大臣である河野氏には何の権限もない。この会議に出席したエネ庁の山下隆一次長は河野氏の部下ではないので、これは「上司が部下を恫喝する」という意味のパワハラではない。ビジネスでいうと、社長が隣の会社の役員を呼びつけてどなり上げたようなものだから、聞き流せばいいのだが、エネ庁が河野氏に逆らえない理由は、彼の冒頭の発言に示されている。
河野「これ、エネ基って閣議決定だろ?」
エネ庁「はい、最終的には閣議決定でございます」
河野「そうだよな。経産省単独じゃ決められねぇんだろ?」
つまり河野氏は、エネ庁が修正要求に応じない場合は閣議決定に署名しないと示唆しているのだ。そんなことが起こった場合は閣内不一致なので、閣議決定を撤回するか、河野氏を罷免するしかない。それは前例がないわけではないが、深刻な問題になる。官僚としては、絶対に避けなければならない。これは単なる脅しともいえない。毎日新聞によれば、小泉進次郎環境相は、6月に閣議決定された「骨太の方針」と成長戦略について「再エネ最優先」という文言を入れ、「原子力を最大限活用する」という文言を削除しないと署名しないと主張したという。これも河野氏と連携した行動だろう。今回は河野氏が、本丸のエネ基について拒否権を行使すると脅したわけだ。
エネ庁では、この対策をめぐって協議が行われただろう。河野氏は「容量市場(大停電に備えるバッファの市場)を凍結しろ」とか、「原子力の活用という文言を削除しろ」といった要求を出しているが、エネ庁としては飲むわけには行かない。その結果、苦肉の策として出てきたのが、音声データのリークだったのではないか。
もちろんこれはエネ庁の公式決定ではなく、次長がやれと言ったわけでもないだろう。内部調査は一応やるだろうが、誰が文春に流したかはわからないので、「音声データがどこかに偶然、残っていた」ということになるのではないか。
内閣府にも環境省にもエネ基の文言を修正する権限はないが、閣僚には閣議決定の拒否権がある。それは抜けない「伝家の宝刀」だが、役所の脅しには使える。この巧妙なシナリオを書いたのは誰だろうか。

エネ基のちゃぶ台返しをねらう黒子

問題のオンライン会議には、内閣府の山田正人参事官が同席している。彼は経産省から出向した異色の官僚で、筋金入りの反原発派として知られる。核燃料サイクルに反対する「19兆円の請求書」という怪文書をマスコミにばらまいたといわれ、その後は閑職に追いやられていた。河野氏は2020年に規制改革相に就任したとき山田氏を補佐に抜擢し、内閣府に「再生可能エネルギータスクフォース」(再エネTF)を結成した。彼が再エネの規制を撤廃するために、河野氏の虎の威を借りてエネ庁を脅しているのだろう。その本丸がエネ基である。再エネTFが経産省の有識者会議に出した提言は「再エネ最優先」の原則を打ち出し、「再エネ36~38%以上」にしろとか「住宅用太陽光発電を義務づけろ」などと提言して、他の委員を驚かせた。
日本の総発電量に占める再エネ比率は2019年現在で19.2%だが、そのうち7.7%は水力で、ほとんど増やす余地がない。2030年までに増設できるのは太陽光と風力だが、合計8.4%。再エネを38%以上にするには、これを8年で30%と3倍以上にしなければならない。しかしもう適地がほとんどない。日本の平地面積あたり再エネ発電量はすでに世界一で、メガソーラー(大型の太陽光発電所)には、各地で土砂崩れなどを心配する反対運動が起こっている。
そこで再エネTFは、環境影響評価などの規制をなくして再エネ開発を推進しようとしているのだが、いくらがんばっても8年で3倍にはならない。このままでは再エネも原発も増えないで石炭火力が減り、その穴をLNG(液化天然ガス)で埋めるだけだろう。2030年までにCO2を46%削減するという国際公約は達成できず、残る分は海外から排出枠を買ってくるしかない。結果的には数兆円の国民負担が増え、電気代は上がり、不安定な再エネが増えると大停電が起こるだろう。
河野氏は、次の内閣改造で「重要ポスト」で処遇されるという。内閣支持率が3割を切り、与党の過半数割れの危機も懸念される菅首相としては、国民的人気のある河野氏と小泉進次郎氏を2枚看板にして選挙を乗り切りたいところだろう。その取引材料として、エネ基が使われるおそれも強い。河野氏はそういう状況を踏まえた上でエネ庁を恫喝し、エネ庁は最後の抵抗手段として文春を使ったわけだ。こんな民主主義とは無縁な駆け引きでエネルギー政策が決まるのは情けないが、それが日本の政治の水準である。