見えてきたロシアの本質

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侵攻開始前からロシアがついてきた嘘を徹底分析

見えてきたロシアの本質

次もプーチンを選べば、国家ばかりか国民にも悪質な嘘つきの烙印

2024.2.5(月) 記事:西村 金一
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は2023年9月、「誰かと妥協や対話をしたくても、嘘つきとは不可能だ」と述べた。
この「誰か」とはロシアのウラジーミル・プーチン大統領を指す。
プーチン大統領は果たしてどのような嘘をついてきたのか、改めてその「嘘」とその狙いを分析する。
ロシアのウクライナ侵攻についてロシアの嘘には、政戦略的な嘘、作戦戦術的な嘘、言い逃れの嘘、兵器能力の嘘などの5つが存在する。
軍事に関する嘘は、戦争をすれば必ず暴露される。
なぜなら、戦っていればいずれその事象や結果が明らかになってくるからだ。戦わない場合でも事実が暴露されれば嘘は判明する。ロシアの嘘には必ず狙いがあり、その狙いを広め、あるいは押し付けようとする。これは、まさしく情報戦(認知戦)である。
ロシアのそれぞれの嘘について解説するが、最近撃墜されたロシア輸送機にウクライナ兵捕虜が搭乗していた、していなかったということについても分析を加えたい。

1.ウクライナを弱体化・混乱させてきた戦略的なロシアの嘘

(1)ウクライナを弱体化させてきたロシアの嘘

ロシアのプーチン大統領は昨年(2023年)12月14日、首都モスクワで開いた年末の記者会見で、「ウクライナとの和平は侵攻の目標である『ウクライナの非武装化』が達成されて初めて可能になる。そして非武装化とは『ウクライナの非ナチ化と非武装化、そして中立化』だ」と述べた。
しかし、この「和平」「非武装化」「中立化」「非ナチ化」という言葉の裏には、「ロシアがウクライナ国家に侵攻・占領し、弱体化したウクライナを滅亡させる」という狙いが隠されている。
ウクライナ人の生命が失われないことを優先し、とりあえず戦争を終結させるためにロシアが和平交渉するのは、「ウクライナを完全に弱体化させ孤立させる」という欺瞞にほかならない。
ウクライナが、2014年にクリミア半島をロシアに取られ、今回の侵攻(2022年2月侵攻開始)を受けた最大の原因は、ウクライナにロシアの侵攻を阻止する軍事力がなかったから、そして孤立していたからだ。
その最大の要因が、1992年、リスボン議定書に署名し、ウクライナが核兵器を撤去して、核抑止力をなくしたことだ。その見返りとして、ブダペスト覚書に米国・英国・ロシアが署名した。
その内容には、核を撤去したウクライナなど3か国の安全を保障するというものが含まれていた。
ロシアは、ウクライナに難癖をつけて、この覚書に違反して2014年にクリミア占拠、そして今回の侵攻を行っている。ロシアが和平の前提として主張する「非武装化・中立化」をウクライナが受け入れれば、ウクライナは軍事的に弱体化し、孤立するだろう。ロシアが過去に署名した覚書を無視して侵攻したことを考えると、ロシアは将来的に、ウクライナ全土を占領することは目にみえている。
ロシアと結んだ条約・協定・覚書などは、ロシアの都合によって難癖をつけられ破られ、そして守られないということである。

(2)ウクライナ政権等を混乱・転覆させることを狙った嘘

ロシアは侵攻当初、侵攻と同時にウクライナの戦意を消失させるために「ウクライナの大統領は逃亡した」との噂を流した。
その間、ロシアの特殊部隊はゼレンスキー大統領の殺害を8回も試みたが、成功しなかった。
侵攻したウクライナのトップを殺害するか拉致するかして、政権の転覆を図ったのだ。
東部の州では、市長が拉致され、入ってきたロシア人が「私が市長です」と名乗り出て、市政府が乗っ取られた。
ロシアは、このような情報戦を実施しつつ、暗殺という実行も行っている。ロシアの情報戦と作戦の要領だ。
ロシアの情報戦に対して、ウクライナはゼレンスキー大統領、国防大臣など政府の要人たちが、大統領府の近くで撮った「俺たちは、ここにいる」という写真を公表し、実際に首都に残って戦う姿勢を示した。
これらの情報戦は、台湾有事の際に、日本でも予想される。
例えば、沖縄を含む南西諸島では同様のことが起こる可能性がある。
具体的には、「沖縄県知事や南西諸島の首長が中国に亡命した」と流布し、実際は拉致して中国に連れ去る。その後、中国人で「私が県知事です。○○市長です」と言う者が現れるというものだ。
この嘘情報の流し方そして政権を混乱させ、うまくいけば乗っ取ってしまうやり方が、まさしくロシアによる国の乗っ取り方であり、これまで東欧諸国を乗っ取ってきた方法である。

2.ロシアの作戦戦術的な嘘

(1)侵攻することを直前まで否定していた嘘

ロシアのプーチン大統領は、侵攻開始の数か月間、ウクライナに侵攻するつもりはないと繰り返し発言していた。
だが、実際にはロシアはウクライナ国境付近に約13万人規模の軍部隊を配置して、そこから撤退する様子はなかった。この時、侵攻するつもりがなかったのなら、国境に集結している軍部隊に撤収せよと述べていたはずだ。しかし侵攻の3日前になると、停戦協定を破棄しウクライナ東部で親ロシア派の武装分離勢力が実効支配してきた2つの地域について、独立を自称してきた「共和国」を承認した。そして2022年2月24日、ロシアは陸海空からウクライナ侵攻を一斉に開始したのだ。
侵攻の約1か月前に、ロシアのラブロフ外相は「ロシアはウクライナ国民を一度も脅したことはない、攻撃する意図もない」と発言していた。実際は攻撃したのだが、「我々は、ウクライナを攻撃していない。ロシアが戦争を望んだことは一度もない」と主張した。20万人以上の兵がウクライナに侵攻しているのに、攻撃をしていないと言う。
大統領が「侵攻するつもりはない」と言っていながら、「侵攻する」のがロシアだ。侵攻の時期を判読されないようにするのは、奇襲作戦を実施するうえで重要なことだが、ロシアの嘘は軍事大国の傲慢な嘘だ。

(2)侵攻の名目は非現実的で、明白な嘘

プーチン大統領は2022年5月9日、戦勝記念日の式典で演説し「ロシアにとって受け入れがたい脅威が、直接国境に作り出され、衝突は避けられなかった」と述べた。ウクライナのゼレンスキー政権が核兵器を取得する可能性を指摘していた。また、「アメリカやその同盟国が背後についたネオナチとの衝突は、避けられないものになっていた」と強調した。プーチン大統領の演説に対し、ゼレンスキー大統領は「すべてでっち上げで、彼が見ているものは現実と一致していない。ウクライナにはネオナチ主義などないからだ」と述べ、プーチン大統領はウクライナへの侵略のための口実を求めているだけだと批判した。ゼレンスキー大統領の発言は、民主国家の共通した認識であり、ウクライナにネオナチの集団がいるとは誰も思ってはいない。

(3)ウクライナ軍の作戦を混乱させようとする嘘

2023年9月、ウクライナ軍はそれまでに第1防衛線を突破してきた勢いに乗り、さらに第2、第3防衛線の一部を突破して、トクマクの目標線まで進出しようとしていた。この時期に、ロシア軍の内部情報として戦いを立案するロシア軍トップのゲラシモフ参謀長が、ウクライナ軍の攻撃目標にもなっているトクマクから「早々に撤退します」という情報を流した。ロシア軍の守備部隊が混乱するような情報を軍のトップが発言するのは絶対にあり得ないことだ。こういった情報をメディアに流すのは意図的であり、まさしく情報戦だ。現実に、2024年の2月1日でも、トクマクからは撤退していない。ロシア通信社のRIAノーボスチが2023年11月13日、「へルソンの一時占領地からロシア軍を撤退させる、その理由として、軍隊を再編させより有利な場所に再配置するため」としていた。実際には、そのような行動は確認されなかったし、2024年2月1日でも、へルソンから撤退してはいない。これらの情報は、ウクライナ軍に拙速な攻撃を仕掛けさせ、守備しているロシア軍がウクライナ軍を撃退するための嘘情報であったと考えられる。

3.「悪いのはお前達だ」というロシアの嘘

ロシアのプーチン大統領は1月26日、ウクライナと国境を接する西部ベルゴロド州で24日に墜落した同軍の輸送機「イリューシン76(IL-76)」について、ウクライナ軍に撃墜されたのは「明らかだ」と主張した。ロシア側は、同機は捕虜交換のためにウクライナ兵65人を乗せて同州に向かっていたところを対空ミサイルで撃墜されたとしている。ウクライナによる撃墜とのロシア側の主張について、ウクライナは否定も肯定もしていない。ウクライナ国防省情報総局(GUR)は1月27日、遺体の映像など証拠を示すようロシアに呼び掛けた。24日に国境地帯で捕虜交換が予定されていたことは認めたものの、捕虜が航空機で移送されることは、ロシア側から事前に通知を受けていなかったとしている。
GURのブダノフ局長は国営テレビのインタビューで、「遺体が散乱した現場(の映像)を示していない」など、ロシア側の主張には「不透明部分」が多いと指摘。捕虜交換は両国にとって有益なものである。そのため、その輸送には安全に神経を尖らし気を配るものだ。だから、誤って攻撃されないように事前に、交換のポイントや輸送の経路、その手段を伝えるのは当然のことなのだ。防空兵器の攻撃目標になるように、そしてわざと撃墜されるように晒すようなことはしない。
ウクライナは撃墜の有無については発表していない。ウクライナ軍は、パトリオットミサイルを前線近くまで移動させるのは常時行っていることではない。このようなことを常時実施していれば、ロシアからミサイル攻撃を受けて、数少ない貴重なミサイルが破壊されることになるからだ。その反面、レーダーは位置を変更し、監視の目は常時作動している。だから、ロシア空軍輸送機の動きは常に把握していた。その動きが定期的に飛行しているのか、特別に飛行しているのかが分かる。定期的な飛行であれば、その飛行場の物や人の動きを偵察衛星や無人偵察機で写真を撮り、何のための飛行なのかを判定できる。
ウクライナ軍は、これらの偵察活動は実施しているはずで、撃墜するかどうかの優先度をしっかりと判断しているはずである。このため、自国のウクライナ兵の捕虜が搭乗しているかどうかを誤る可能性はほとんどない。さらに、ロシアがこのことを事前に通知していれば、撃墜は100%ないはずである。ロシアは、都合の悪い情報について、自国の責任を放棄して、相手国の責任にするのが、いつものやり方である。

4.ブチャ虐殺をでっち上げと主張する嘘

ウクライナ侵攻当初の2022年3月、ウクライナのブチャとその周辺区域で、ロシア連邦軍が民間人を虐殺した。ウクライナ軍が奪還したブチャを含むキーウ近郊の複数の地域では2023年3月時点で、1400人以上が殺害されたとされている。ウクライナのほか各国や国際機関は戦争犯罪として非難しているが、ロシア連邦政府は関与を否定している。
そして、ロシア国防省は2022年4月3日、「市民の誰一人としてロシア軍による暴力を受けていない」とロシア軍の関与を一切否定し、殺害された人々の映像や写真は「ウクライナ側による挑発だ」と主張した。
ロシアの国連大使は4月4日、ブチャで撮影された遺体はロシア軍撤退前にはなかったと記者団に述べ、「遺体は突然、路上に現れた」「一部は動いていたり息をしたりしていた」「ウクライナ側が情報戦争を仕掛けた」としていた。ロシアの前述の嘘に反論するために、米国の宇宙技術会社マクサー・テクノロジーズは、ブチャがロシア軍占領下にあった3月半ばに衛星画像を撮影し、4月4日に公開した。それによって、民間人と見られる遺体が確認された。また、米ニューヨーク・タイムズは4月1日と2日に撮影された動画と衛星画像を比較し、遺体の多くが少なくとも3週間放置されていたと結論付けた。AP通信はブチャ住民の話として、ロシア軍が地下の防空壕(ごう)を一つひとつ訪れ、住民のスマートフォンを調べ、SNS(交流サイト)の履歴などから反ロシア的だと判断した人々を射殺したり連れ去ったりしたと報じた。英BBC(電子版)はキーウ近郊の路上で3月上旬、ロシア軍の戦車に向かって両手を挙げて民間人だとアピールした後に射殺された夫妻のものとみられる遺体が見つかったとも報じた。ロシアは、残虐の行為を隠そうとして、嘘情報を作って流したのである。

5.兵器能力を誇大に吹聴する嘘

ウクライナ軍は、プーチン大統領が「どんな防空システムにも止められない」と豪語してきた空対地極超音速ミサイル「キンジャール」(地上発射型は「イスカンデル弾距離弾道ミサイル」)を、2023年4月に配備したパトリオットミサイルで撃墜した。初めて撃墜したのは2023年5月の中旬、3発発射されて全弾撃墜した。その後も、ロシア軍はキンジャールミサイルを撃ち続けているが、2023年末までに100基以上撃墜されている。プーチン大統領は、ロシア語で「短剣」を意味するキンジャールをロシアの次世代兵器と謳い、「高度な防空システムを回避できる」と主張していた。それが、パトリオットミサイルが配備され、キンジャールは撃ち落された。ロシアの嘘は完全に覆されたのである。ロシアは、自国の兵器が西側の兵器よりも優秀であることを自慢したいために、兵器の実力以上の性能を吹聴するのだろう。兵器の情報は、戦争をしなければ詳細は不明だが、戦って見れば、その実力、特に勝敗は明らかになるものだ。

6.ロシアは嘘つき国家の烙印を押された

ロシアは、過去から現在の戦争までに政戦略、戦争戦略、軍事戦略、作戦戦略、兵器の能力の面で、あるいは都合の悪い情報に対して言い逃れをするために、嘘に嘘を重ねてきた。特に、ウクライナ侵攻の前から深刻な嘘をつき、またその量は多い。ロシアは、嘘つき国家の烙印を押された。プーチン大統領らの嘘については、ロシア人には罪はない。だが、これから50年、100年とロシア人は嘘つきとの烙印を押されることになるだろう。
ロシア国民は、3月の大統領選挙でプーチン氏を大統領として選び、引き続き嘘つき国家という汚名を着せられ続けることを許容するのか。今回の選挙は、世界から汚名を着せられた「嘘つきだが強い大統領」がいいのか、「正義を尊ぶ民主的な大統領」がいいのかをロシア国民が選ぶ選挙である。世界の民主的な国家と人々は、ロシア国民が民主的な人を選ぶかどうかを見て、ロシア人を評価することになる。