「感染メルトダウン」状態

※AERA 2021年8月16日-8月23日合併号

「感染メルトダウン」状態でも自助を求めるカオス

反与党票が雪崩の恐れ

全国で1日の新規感染者数が1万4千人を超えて医療が逼迫(ひっぱく)する中、菅政権は中等症患者の一部も自宅療養とした。与野党から非難の声が一斉に上がっている。AERA 2021年8月16日-8月23日合併号では、混沌とする政府の現状を取材した。

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「ここまで数字が跳ね上がると、感染爆発を止める有効な手段はないということは、政権内の誰もが分かっていますよ。だからこの間、専門家の意見を聞けるはずがない。まともに聞いていたらオリンピックをやりながら、コロナの感染拡大を防ぐなんて非科学的な芸当は絶対にできませんから」取材に応じた厚生労働省の幹部は、今の状態は「メルトダウンした原発と同じで、拡大をくい止める有効な手段がない」と肩を落とした。

政治が国民の命の選択

4日、全国で1日の新規感染者が1万4千人を突破。前代未聞のオーバーシュート(感染爆発)は止まる気配がない。それもこれも解散総選挙を前に、「オリンピックを開催さえすれば、政権支持率は回復する」という菅義偉首相の希望的楽観論が要因だということは、関係者の誰もが信じて疑わない。2日前、政府は新型コロナウイルスの入院対象者を重症者に限定するという方針を発表。中等症でも一部の患者は自宅療養となり、公的医療の対象外に置かれる。野党幹部の一人は、「信じられない。政治が国民に命の選択を突きつけるのか」と憤る。この決定に面食らったのは、野党だけではない。与党自民党・公明党から反発の声が一気に噴き出した。
「これでは自民党支持者も離れる。コロナに打ち勝った証しどころか事実上の敗北宣言だ」(自民党議員)
「もしかすると総選挙では反与党票が雪崩を打つかもしれない」(公明党ベテラン議員)
驚くのは、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長が、この政府の方針転換について事前に何の相談も受けていなかったということだ。4日の衆院厚労委員会での立憲民主党・早稲田夕季議員の質問で明らかになった。

「菅降ろし」が始まる

尾身会長は答弁で、「この件に関しては、(事前に)とくに相談、議論をしたことはない」と断言。事実上、この決定の責任者である田村憲久・厚労相は、「病床のオペレーションの問題でありますので、それは政府が決める話でございます」と開き直った。しかし、政府のトップである菅首相は、その事実を把握していなかったと発言。田村大臣の言う「政府」とはいったい誰のことか。前出の厚労省の幹部は「確信犯」だと証言する。
「事前に尾身会長に相談していれば、当然反対される。反対を押し切って政府が決めたとなれば、それはそれで大問題となり今後、『専門家』という都合のいいお墨付きが通用しなくなる」とした上で、「オーバーシュートすれば医療体制が困難を極めることは、厚労省から政府に何度も説明していた。けれども、官邸はオーバーシュートしないという、かたくなな姿勢を貫いた。だから、医療逼迫(ひっぱく)が一段落した時に、医療体制の拡充に予算を投下し、病床の確保を急ぐという発想が早い段階で否定されたのです」自民党総裁選、そして解散総選挙を前に、続投の意欲を燃やす菅首相は、東京都で感染者数「1万人」を超えても、「想定の範囲だ」と開き直るだろう。想定外と認めれば「コロナに負けた」と白旗を揚げることと同じだからだ。その途端、足元から「菅降ろし」の攻勢が始まる。
永田町では感染拡大を理由に、24日から始まるパラリンピックを中止し、国民に政権の危機管理能力と決断力を知らしめ、その直後に解散という噂も流れる。与野党からの批判にさらされた菅首相だったが、首相官邸で4日、記者団に「今回の措置は必要な医療を受けられるようにするためで、理解してもらいたい」と述べ、「中等症の一部の患者も自宅療養」という方針は撤回しないと早々に宣言した。しかし、現実は「撤回しないのではなく、事実上、できない」のではないか。何が何でも国民の命を守るという姿勢と覚悟が感じられない。これが菅首相の言う「自助」の正体なのだろうか。(編集部・中原一歩)