学問の自由

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著者:小林節慶応大名誉教授
1845年生まれ。都立新宿高を経て慶大法学部卒。法学博士、弁護士。米ハーバード大法科大学院のロ客員研究員などを経て慶大教授。現在は名誉教授。「朝まで生テレビ!」などに出演。憲法、英米法の論客として知られる。14年の安保関連法制の国会審議の際、衆院憲法調査査会で「集団的自衛権の行使は違憲」と発言し、その後の国民的な反対運動の象徴的存在となる。「白熱講義! 日本国憲法改正」など著書多数。新著は竹田恒泰氏との共著「憲法の真髄」(ベスト新著)

ここがおかしい 小林節が斬る!

学問の自由をわきまえない菅政権は中世の暗黒国家か

公開日:2020/10/04 06:00 更新日:2020/10/04 06:00
憲法23条は「学問の自由は、これを保障する」と明記している。単純な一文であるが、それには長い歴史的背景と深い意味がある。
かつて大日本帝国では、天皇を「神」と崇めた政治的風潮が、天皇は国家という法人の一「機関」だと当たり前な説明をした東大教授を、不敬だとしてその地位から追放してしまった。そして、「皇国には神風が吹く」などという非科学的な思い込みで大戦に突入して惨敗に至った。古くは、地動説(真理)を支持したイタリアの物理学者ガリレオ・ガリレイが政治的宗教裁判により学説の放棄を命じられた話が有名である。
科学者は、客観的な事実と論理のみに基づいて物事の「因果関係」を明らかにすることにより、文明の進歩つまり人類の幸福の増進に貢献することを使命とする者である。歴史的には、自分の野望の妨げになると考えた政治権力者、大資本家、商売宗教家から科学者が弾圧された事例は枚挙にいとまがない。そのような体験から、欧米において人権としても「学問の自由」が確立され、日本国憲法にも導入された。だから、政治権力は学問の自由に介入してはならない。つまり、政治は学説の故に学者の扱いに差をつけてはならない……という憲法原則が存在することを忘れてはならない。今回、菅首相は、学者の中央機関である日本学術会議の新会員候補として同会議から推薦された105人のうち6人だけを任命しなかった。制度上は、任命権者は首相である。しかし、それは同会議の権威性を確認するために形式的に首相による任命と定めてあるだけで、首相に「拒否権」があるわけではない。現にこれまでの首相は一貫して被推薦者を機械的に任命してきた。首相は拒否の理由を説明していないが、その拒否された6人は安保法制や共謀罪に反対してきた人々である。これこそまさに政治権力による学説差別の典型であろう。学問的実績の高い学者が学問的良心に従って政権からの提案に異を唱えたら権力を使って不利益処分を下す。これは、現代の踏み絵であり、中世の暗黒国家のようである。

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政治が科学技術を悪用することの恐ろしさは、アメリカによる核兵器開発と広島・長崎への原爆投下にその最たるものを見る。
かつて核の平和利用と称して原子力発電の建設にgoを出した内閣と経済産業省は、工学的に絶対安全はないと反対した工学者や建設自治体を膨大な税金をつぎ込んで買収しこの狭い日本に不必要な54基もの原発を建設してしまった。そして、福島第1はその絶対安全を保障した経産省が監督中に一つの自然災害で破壊され、いまだその事故の終息が得られていないばかりか、今後100年にも亘る廃炉処理を余儀なくされている。
そればかりか廃炉を決定した原発から出る高濃度放射性廃棄物(いわゆる核のゴミ)の処分方法さえ確立されていない。
原発建設当時、運転中の大規模事故がなかったとしても、40年ともいわれる廃炉は絶対に来る。その時の核のゴミの処理方法について全く議論されずに今日に至っている。そして福島第1の廃炉や除染による低レベル廃棄物さえもその処分方法や処分地は確定していない。
すべて政治が科学者・工学者の研究を無視して無理矢理推進して来たつけである。科学を無視すると地球温暖化問題を単なるキャンペーンで推進してきたゴアやその傀儡であるIPCCなどの非科学者が言い募るCO2ばかりを悪者にする風潮が、ますます対策や解決から乖離していくことを知るべきだ。
このような実態を理解せずに、独立した学術会議会員任命にまで介入を始めたスガの首相としての知見を疑わざるを得ない。非科学的思考力によって道を誤らぬように、科学者・研究者・技術者は今こそ声を上げなければならない。

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