米のセクハラ追及「行き過ぎ」

米のセクハラ追及「行き過ぎ」 

C・ドヌーブさんら意見書  道新 01/11 00:29

【パリ共同】米ハリウッド映画界などで表面化したセクハラ問題への抗議が世界規模で強まる中、フランスの女優カトリーヌ・ドヌーブさんら著名な女性約100人が連名で、10日付の同国紙ルモンドに「行き過ぎた追及」「性道徳の硬直化」などと批判する意見書を掲載した。
掲載直後から「卑劣な男性たちを容認することにつながる」「女性の権利をなぜ女性たちが制限したがるのか」などとする反発の声も相次ぎ、論争を呼んでいる。意見書は「性犯罪が法的に裁かれるべきなのは当然だ」と前置きしつつ「女性は皆、か弱き被害者なのか」「男性と性を敵視することは女性の権利擁護ではない」などと指摘。弁明も許されず、業界から追放される男性が続出している現状を批判している。
ドヌーブさんのほか、作家カトリーヌ・ミエさん、女優ブリジット・ラーエさんらが意見書に名を連ねている。

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人間の生存にとって最も大切な行為である性行動は、人類の進歩のモチベーションの一つである。
ひと昔前の日本のような「男女(だんじょ)七歳(ななさい)にして席を同じゅうせず
:男女は七歳ともなれば互いにけじめをつけて、みだりになれ親しんではいけない。出典は「礼記ライキ・内則ダイソクより 」
が道徳の一つであった時代から、現代は男女平等、人格の尊重の現代において女性に対するアプローチの一つである女性への「口説き」や「ふれあい」行為をもってセクハラと呼ぶのはあまりにも男性を理解していない女性である。
動物界では常にオスはメスを得ることが本能である。雄とはそうゆう生き物である。そのアプローチの仕方にルールも何もない。雄がその意思表示をすることさえとがめられる人間社会は本来の自然の摂理に背いたウーマンリブの思想であると思う。賢明な女優はその演技の中で男女の機微を理解できた人たちであり、どんな批判を受けようとあえて意見書を提出したカトリーヌ・ドヌーブさん等の行動に、男性諸氏は大いに留飲を下げた思いがする。行き過ぎたセクハラ批判は、社会の活力やコミュニケーションまでゆがめる。

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