複数の移動手段保証を

JR北海道の維持困難路線に関する特集が北海道新聞で取り上げられている。指摘されている内容は当を得たものであり、改めて行政の無作為の責任はまぬかれまい。これらの提言をJR 北海道はじめ国会議員や知事が責任をもって解決することが第一に必要なことだ。
以下、提言を再度引用しておく。
2017.11.09 北海道新聞朝刊より。

複数の移動手段保証を 

国鉄時代は経営のすべてを東京で決めていたが、30年前の国鉄改革でJR7社に分割され、北海道の事情を知る人が判断するようになった。分割したこと自体は間違いではなかった。
ただ、国が積んだ6822億円の経営安定基金の運用益で鉄路を維持するスキームは、金利低下で機能しなくなった。誰も制度を改めようとせず、先送りを続けてきたことが一番の問題だ。JR北海道はもっと早く、経営の実情を世に問うべきだった。
線路や駅などの維持管理を含め黒字経営ができる鉄道は、世界中を見渡しても、日本の大都市を走る私鉄とJR路線、それに新幹線くらいだろう。そもそも鉄道事業が赤字になるのは、道路が赤字なのと同じくらい、普通のことだ。諸外国では、赤字路線だからといって安易に廃止することはない。一度に大量の人や貨物を正確な時間で運び、車より安全で環境にも優しい利点があるからだ。
道民の皆さんは「高速道路があれば鉄路はなくてもいい」と考えていないだろうか。欧州にも、そうした意見が主流を占めた時期があった。しかし、高速道路ができれば車は街を素通りしてしまうし、車好きの若者も年齢を重ねれば運転できなくなる。

欧州各国は、赤字路線を次々と廃止した前世紀のやり方を反省し、鉄道中心の地域づくりを目指すようになった。例えば北海道と人口密度が近いオーストリア中部のザルツブルク州は、全交通手段の中で自動車が利用される割合(利用分担率)を昨年の50%から、2025年までに45%へ下げることを目標に掲げた。
また、「乗客が少ないのだから廃止されても仕方がない」と諦めてはいないだろうか。列車の本数を増やし、わかりやすいダイヤにすれば、乗客は増える。駅前に喫茶店やみやげ物店ができ、列車に乗って観光客もやってくる。イタリア北部のベノスタ渓谷鉄道など、欧州にはこうした成功例がたくさんある。

フランスでは、すべての国民に移動手段の選択肢を保証する「交通権」という考え方が定着している。北海道に置き換えれば、天候の良い夏場はドライブを楽しみ、冬なら安全な鉄道を選べるようにしている。住民が複数の「足」を持つことで生活の自由度が広がり、その街に住みたい人が増える。北海道の交通体系の目標であるべきだろう。
北海道の鉄路を維持活用するには、国が線路や駅、トンネルなど基盤設備を所有し、JR北海道は鉄道の運行に専念する欧州型の「上下分離方式」が望ましい。道路予算を少しだけ鉄道に回せば達成できる。まずは鉄道を、道路と同じ、社会生活を支える交通インフラに位置づけることだ。
地域の魅力を高めるために、鉄路をどう活用するべきかという観点でも議論を進めるべきだ。鉄道に独立採算を求める日本のやり方は右肩上がりの時代の遺物。世界の標準から外れていることは、国も理解しているはずだ。(聞き手・拝原稔)

関西大教授・宇都宮浄人氏(56)

うつのみや・きよひと 兵庫県西宮市出身。京大経済学部卒。日本銀行を経て、2011年から現職。専攻は交通経済学。現在はオーストリアのウィーン工科大客員教授として、欧州の公共交通を研究中。著書に「鉄道復権」など。

地方活性化の切り札=鉄道網

今まで移動手段として車を使用してきた年代が高齢化し、併せて認知症や介護といった解決しなければならない問題が山積してきた。
高齢者の交通事故多発を受けて、あの手この手で免許証を奪いさらに高齢者の生きがいや移動手段さえも奪おうとする行政にいきどうりを感じているのは私だけだろうか。
公共交通機関の整備は、憲法で保障された「健康で文化的な生活をいとなむ権利」さえ奪いかねない問題である。
日本国民は住む場所にかかわらず、憲法は守られるべきである。そのためには、国鉄の民営化そのものが憲法違反であったといえる。
改めて、北海道の鉄道網は国の管轄で進めるべきであり、大切な住民の足を、民間の利益追求の企業に任せることは誤った考えであることを指摘しておきたい。

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